昭和天皇がご覧になった風景

毛利氏が築いた萩城は、日本海に突き出した指月山(しづきやま)の麓に本丸、その外側に二の丸、三の丸があります。…と、一言でまとめてしまうと「城の造りとしては当たり前じゃないか!」ということになりますが、ここからが興味深い点です。

本丸の北側に指月山があるため、二の丸は東・南・西側を取り囲むように配置され、本丸と二の丸を隔てる内堀は現在もほとんど当時のまま残っています。そして二の丸は、東西は海に面し、陸続きとなる南側のみ、三の丸を隔てるため中堀が設けられていました。中堀は埋め立てられています。

さて、大正15年5月30日、皇太子殿下(のちの昭和天皇)の行啓がありました。詳しく調べていませんが、現在の美祢市秋芳町の滝穴(鍾乳洞)を探勝され、後日「秋芳洞」と命名されたのも、この行啓の行程でのことのようです。

「展望所」に建つ「皇太子殿下行啓之所」という碑です。冒頭の写真は、ここから見た菊ヶ浜です。昔と比べると浜が狭くなってしまったと嘆く声を耳にしますので、殿下がご覧あそばしたときには、より白砂青松の景であったことでしょう。とはいえ、青空の下で眺めたこの日、空と海の青さと松の濃い緑と砂浜の白さの対比は、やはり素晴らしいものだと思いました。

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