発掘調査の現地見学会

令和2年10月10日(土)と11日(日)の二日間、恵美須ヶ鼻造船所跡での発掘調査現地見学会が開催されました。確かにここに造船所があったことは証明されていますが、建物跡などの遺構調査はまだまだ途上なのです。そのものが残っていて「これだ!」と示せるのは、安政2年(1855)築造かつ昭和前期頃改築の防波堤のみ。さて、今年度の発掘調査の成果はいかに。(資料及び耳にしたことを基にしますので、誤った認識があるかもしれません。ご了承ください。)

まず一つは、護岸の変遷が明らかになりました。現在のコンクリートによる護岸は昭和42・43年に埋め立てて整備されたものです。昨年度に続き調査された区域では、昭和20~30年代に埋め立てて築かれた石垣護岸と、さらに内側(陸側)に江戸期の石垣護岸が確認されました。この場所は、木材の陸揚場とされ、干潮の時には階段が露出しますが、満潮の時には護岸よりも海水位が高くなることが確認されたそうで、潮の干満を利用していたことがうかがえるとのことです。(次の写真に、昭和石垣と江戸石垣が示されています。)

二つめは、綱製作木屋(こや)の場所で、大型柱穴1基・柱穴5基、盛土基礎2箇所が確認されました。ただし、まだ木屋の構造がどのようであったかを解明するには至らないそうです。(写真なし)

三つめとして、新たに約30m×5mの平場が構築されていたことが分かりました。この場所は江戸時代の絵図には描かれていないため、用途は不明ということですが、造船所及び海上を監視するのに適している場所になっています。藩の特命による軍艦建造ですから、監視も必要だったでしょうね。(次の写真参照。)

その他にも、普段は離れた場所から見る遺構を近くで見ることができました。随時案内はしていましたが、最初から最後まで通しで聞くことができる回には時間が合わなかったので、聞きかじりとなりました。情報を得ていても、ちょっとついでに立ち寄るのは賢明ではないと反省も残りました。

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