新緑の長門峡散策


令和元年5月19日(日)、新緑の渓谷を目指して行った先は?
萩にゃん「こういちくん、分かっていると思うけれど、ここは萩市じゃないにゃん。」
こういち「ここは長門峡(ちょうもんきょう)。山口市阿東地域だね。萩に住んだら来てみたかった場所のひとつなんだ。」
萩にゃん「君のふるさとと同様、美しい新緑や紅葉・避暑や雪景色など四季折々に人気があるにゃ。だから?」
こういち「それもあるけれど、萩の街の成り立ちと関係が深いからこそだね!」
JR山口線の長門峡駅あたりから徳佐駅あたりまでのエリアは、昔々は古徳佐湖と呼ばれる火山によるせき止め湖があったそうです。その湖が決壊した現場が「丁字川出合淵(ていじがわであいぶち)」。手前から流れる川と先から流れてくる川が正面衝突をして左に流れていきます。「河川争奪」といって、せき止め湖になる前の川の流れを、他の川が奪った証なのだとか。
この流れが阿武川(あぶがわ)となり、白亜紀の大噴火によって火砕流が運んで堆積した大地を削り、そして萩の三角州に土砂が運ばれていきました。
萩が現在のような地形となったのには、様々な要因が重なってのことですが、この出合淵の奇跡も重要なポイントなのですね!

さて、片道5.3㎞の遊歩道を往復する行程ですが、次なる予定を考えると足早になります。しかし、険しい渓谷に沿う道でありながら、ここは段差が非常に少なくてとても歩きやすいことに驚きました。さすが天下の名勝ですなぁ。
生まれ育って親しんだ塩原渓谷を思い出すような光景も随所に見られ、新鮮ながら懐かしい散策は、途中から気まぐれ雨に降られたものの、とても清々しい気持ちを与えてくれました。